櫻井 雄大

領域について

商店街の勢力分布図(東京)


研究,設計,構想をするときには,程度は違うにせよ,私は抽象的な概念と具体的な現場を行き来するような思考をする.それはこれまでにそのような教育を受けてきたということもあるし,私が師事した背中から学んできた方法である.これから先に述べることは抽象的な部分が多くを占め,それらは現実的な事象へ適用できていないでいる部分も多々あるが,概念と現場の横断の一例になれば幸いである.

領域は英語でdomainであるが,その語源はラテン語のdominusに由来する.dominusは所有権者,支配者,領主という意味で,domという語は接頭語として,例えばベネディクト教会の修道士の名前に冠するものである.したがって,歴史的に領域という概念はそれを支配する領主があってはじめて成立するものである.ここで,簡単なダイアグラムとして考えると,一次元空間では領主は点であり領域は線になる.二次元空間では領主は点,線あるいは面であり領域は面になる.集合論における領域は,さらに大きな概念である区間のうちに定義され,区間には大きく開区間と閉区間があり,開区間は領域の境界に触れることが不可能なもので,閉区間は境界に触れることが不可能なものである.現実的な空間に思考の場を移すと,閉区間的領域は敷地や家の間取りなどであり,開区間的領域は例えば雲や霧などがあるだろう.具体的な現場としての建築においては,いかに開区間的領域を設計するかという課題が浮上してくる.

さて,dominusの意味である支配者から連想して,領主には支配力があり,したがって支配圏である領域が形成されると考えよう.一次元空間,すなわち線分に領主である点が複数分布し.その点群はそれぞれに異なる支配力を有する(図1).それぞれの点群が同様の支配の仕方をすれば,領域の境界は図1-左のようになるだろう.ここでは支配の仕方を勾配で表現しているが,急な勾配で作図すれば図1-中のようになる.さらに,それぞれの点が異なる支配の仕方をするならば,図1-右のように,また異なる領域図を描ける.つまりは支配の仕方で領域分布が変化する.以上を二次元に拡張した好例にボロノイ図がある.ボロノイ図はデカルトの世界論における星の天空を描いた図が最初と言われ,ここでは星を中心としてその星から見える天体の範囲を表現している(図2).デカルトの図は星を同心円状に展開してゆくもので,等高線と同じの考え方である.ボロノイ図の作図方法は一般的には,母点(中心)と母点を線分で結びその直角二等分線を描いてゆくものがあるが,デカルトの図でみられるように異なる描き方がある.それは,母点を等距離発展してゆき,他の母点の等距離発展した円と衝突する点の集合をボロノイ境界とする方法である(図3-上).この方法は領主の支配力あるいは支配の仕方を仮想的にz軸にとると容易に理解できるだろう.図3-下はz軸に領主の支配力を表現した,ボロノイ図を立体化したもので,この方法は支配力をパラメーターとして設定可能な作図方法である.この方法であれば,中心を点から線あるいは面に拡張することができる.さて,ボロノイ図の立体化という方法を応用すると,現実の事象に対する適用可能性が高くなる.図3-下で示している二次元空間上の任意の点は曲面上の点と一対一の対応をしているから,平面上のあらゆる点に対する評価値が分かれば同様に領域分割ができるだろう.具体的な事象への適用として,駅の勢力圏を考える.パリにおいて任意の場所に居住する人はどのメトロの駅を使用するかという問題に対して先の領域分割方法を用いれば解答を提示することができる(図4,5).さらに,東京に散在する商店街の勢力圏,つまりは商圏も多少の応用で描画することができる(図6,7).いずれの例も任意点から中心(駅,商店街)までの距離が重要であり,共通して近ければ近いほど行くという人間の性質に基づいている.

今回は二次元の領域までを対象にしているが,三次元以降の領域も当然考えることができる.しかし,三次元以降は表現が格段と難しくなる.なぜならば空間への評価を表現する場合,空間の次元数に少なくとも+1した次元で表現する必要があるからだ.以上,領域について抽象的な事柄から具体的な事柄まで徐々に議論を移していった.重要なことは抽象的な概念と具体的な現場との横断にあり,特に建築の外にある概念と現場を結びつけることがこれからの建築学の発展に寄与するものであると信じている.(櫻井)

図1 一次元空間の領域

図2 デカルトの天空分布図(世界の名著〈第22〉デカルト (1967年)から抜粋)

図3 ボロノイ図とその立体化

図4 パリのメトロ駅勢圏

図5 パリのメトロ駅勢圏(シテ島部分)

図6 商圏を提示するためにはいくつかのパラメーターを用意する必要がある.パラメーターは一般的に従属変数であり,本来は統計的に推定するものである.上図では,商店街の規模(売場面積)と消費者から商店街までの距離を説明変数とし,これらに付属する従属変数(α,β)を用意し,各パラメーターの設定によって領域分布がどのように変化するかを調べるためマトリックスで表現している.なお,上図はすべてトーラスの仮想空間上でのシミュレーションの結果であり,点に付している数字は商店街IDを円の大きさはその規模を示している.

図7 東京都区部の商圏図

「領域について」を聞いて 伊藤孝仁

人類学者のエマニュエル・トッドは、西ヨーロッパを国や州よりも小さい、日本で言うところの都道府県程度の単位に分節した地図をベースに、主要な家族形態(親子関係や兄弟関係、相続のあり方などで分類)の分布をマッピングし、識字率や宗教、イデオロギー等との関係を示すことで、「国」や「民族」でまとめることができない、新しい歴史の捉え方を提示した。歴史を、年表上の関係だけで捉えるのは不可能であり、地図とともに、つまり「近さ」ということがもたらすミクロな影響関係を通してしか捉えられないことを示したのである。
櫻井さんが提示した数々の魅力的な図は、どれも言わば地図であり、「近さ」をキーとしながら、普通の生活では感覚的にしかとらえられない領域を、数学的な方法を通して明示していくものである。
建築を構想する際、その建築とともにある「圏」を考えることの重要性を改めて感じた。

櫻井 雄大 Takehiro SAKURAI
東京理科大学工学部建築学科助教 郷田研究室

1984 神奈川県生まれ
2008 明治大学卒業
2009 東京大学大学院博士前期課程修了2014 東京大学大学院博士後期課程修了 / 博士(工学)
2014 ラヴィレット建築大学 PD
2015 東京大学特任研究員
2017-  現職