石榑 督和

戦後バラック都市論ノート

石榑督和 『戦後東京と闇市』

鹿島出版会 2016 (写真 ©NAKANO DESIGN OFFICE)


日本の都市はバラックでできている
日本の都市組織(*1)は仮設的である。ヨーロッパの旧市街地のように、石造の建物でできた都市では、機能が変わっても建物は物理的に残り続け、隣り合う建物と壁を共有している。何らかの更新が行われてもそれは建物の内部あるいは、隣接する建物の壁と壁の間にすぎず、強固に都市組織の「形」が持続する。それに対して日本では建物の寿命は短く、30年ほどで新陳代謝し、また隣り合う建物は隙間を開けて立っているため、物理的な形が残りにくい。もはや日本で都市が時間を経るなかで残るのは土地だけで、地表に建つ建物はバラックであるといっても言い過ぎではないように思われる。
こうしたヨーロッパの都市と、日本の都市を比較すると、ヨーロッパの都市組織は固く、日本の都市組織はやわらかいと言えであろう(*2)。ヨーロッパの都市では都市組織がいかに持続するか、その性質を読むことが都市を読むことにつながる。それに対して、日本の都市では、変化し続ける地表の建物がいかにして変化しているのか。その変化のシステムがいかに駆動しているのかを読み取ることで都市を読むことができる。拙著『戦後東京と闇市』は日本の都市のなかでも極めて激しく新陳代謝をくりかえす新宿駅・池袋駅・渋谷駅の駅前において、どのようなシステムが働いているのかを読み解いたものであった。

『戦後東京と闇市』ではタイトル通り、戦災を受けた東京がいかに再生していったのかをバラックでできた闇市から読み解いた。しかし、災害に繰り返しあってきた日本の都市は、幾度となく消失と再生を繰り返してきており、都市の再生は戦後に限ったことではない。
AFTER HOURSでの筆者の報告は、これまで考えてきた戦後のバラックでできた都市を見つめつつ、いかに日本都市に通底し繰り返し現れてきた都市の性質を明らかにしたいという主旨のものであった。あるいは日本の都市の仮設性が持つ論理を解き明かしたいということを宣言するものであった。まだ研究とは言えないもので、この文脈に乗りうる既往の研究を集めまとめ直したものにすぎず、ほとんどノートに近いものである。布野修司の『戦後建築論ノート』をもじってレクチャータイトルを「戦後バラック都市論ノート」とした。これをまとめるのは研究者としての次の10年の仕事とし、ここではAFTER HOURSで紹介したノートのメモの一部を示して記録とし、ボールを投げておくこととしたい。

個体発生は系統発生を繰り返す
・ 繰り返される都市の再生、あるいは生成観察のイメージは生物学から学んだものである*3「個体発生は系統発生を繰り返す」、ヘッケルの反復説として知られるこの説は、簡単に言えば個々の動物の発生段階において、その動物の進化の過程を繰り返すというものである(図2)。

・ 解剖学者の三木成夫は人間の胎児の発生段階に、進化の諸段階を見ることができることを解剖学的に明らかにした(図3)。

・ こうした発想を都市・建築に見たのは、今和次郎であろう。今は、関東大震災後のバラックが徐々に建物としての体裁を整えていく過程に、住居の「発育」を見た(図4)。

図2: ヘッケルの反復説で有名な脊椎動物各群の発生過程を示した図 (Romanes, G. J. (1892). “Darwin, and After Darwin”. Open Court, Chicago.)

図3: 発生段階の人間の胎児の顔面 (三木成夫 『生命形態学序説—根原形象とメタモルフォーゼ』 うぶすな書院、1992)

図4: 関東大震災後のバラックの発育 (今和次郎 『今和次郎集〈第4巻〉住居論』 ドメス出版、1971)

「戦後バラックノート」を聞いて 高佳音

多くのものごとがルールによって決定され、管理されている状態がデフォルトである現代の大都市・東京において、「闇市」や「バラック」という言葉の原始的な響きにはどこか惹きつけられるところがある。戦後、空き地で商い、暮らしてきた人々のしぶとさ、したたかさ、つつましさ、が石榑さんのレクチャーで見せて頂いた当時の写真や図面から伝わってきて、ある種の本能を呼び起こしてくれたような気がした。
戦後の闇市についてのレクチャーは、焼け跡が再生への母型だという話から始まった。戦後東京の発展が、いまから65年遡る281もの新興市場のマーケットに支えられてきたということ、またその残余が今でも見ることができるということ、そんなお話を聞いて、街を新たな視点で歩いてみたいと思った。
都市はしばしば生物に喩えられるように、その時時の政策や計画に応じてコンスタントに変化し続け、ダメージを受けては回復し、また変化する。その複雑さ故に、ある権力者や集団の意思のみでコントロールするには不可能な動きをし、システムを持つ。一方で、小さな行為も都市という生命体に大きな影響を与えうる。東京という大きな生物の体内で暮らす私たちに、改めてこの街の魅力の奥深さを教えてくれた闇市のお話だった。

石榑 督和 Masakazu ISHIGURE
東京理科大学工学部建築学科助教 伊藤裕久研究室

1986 岐阜県生まれ
2009 明治大学卒業
2014 明治大学大学院博士後期課程修了 / 博士(工学)明治大学兼任講師
2015 明治大学理工学部助教 / 住総研博士論文賞受賞
2016 ツバメアーキテクツ参画 日本建築学会奨励賞受賞
2017-  現職