横田 道子

光のちから

PT(アパレルメーカー)ショールームの照明デザイン


私が照明デザインの仕事を始めて20数年になりますが、その間、光源はどんどんと進化し続けてきました。そのような技術の進歩に伴って、照明デザインの具体的な手法も随分と変化や進化を遂げ、以前には考えられなかったような手法や納まりが可能になり、演出の幅も広がっています。しかし、どんなに光源が変化しても、光の本質は、変わりません。今回は、その光の本質について「光のちから」というテーマのもと、明るさという機能だけではない効果や魅力をお話します。

照明計画を進めるときのスケッチ: 色々な諸条件を考えながらスケッチを描き、手を動かしながら照明の手法を組立や実際の器具の納まりも同時に整理していく

まず、様々な光源のなかで、何万年も前から変わることなく地球に光をもたらしているのが太陽です。太陽の光があるからこそ、豊かな色彩も、美しい造形をも見ることができます。この、「光があってこそ、物が見える」ということは、とても当たり前なこととして見過ごされがちなのですが、これは同時に「モノの見え方は、光に左右される」という言葉に置き換えられるということでもあります。
太陽という光源、とひと言で言いましたが、太陽の光は、日の出から日の入りまでの間に、高さも光の強さも色味も質も変化していきます。陽の当たる角度によって、景色が全く違う表情を見せたり、天気によって全く印象が変わって見えるようなことを体験したことは、誰にでも少なからずあるはずです。それは、自然や風景だけではなく、建築やインテリアにある光についても全く同じことが言えるのです。例えば、ある一枚の壁面があるとして、それをどういう光でどう照らすかによって、その空間の印象や機能、性格を変えてしまうことが出来るのです。強い光なのか弱い光なのか、または、上からの光なのか下からの光なのか、また、その色味によっても、その空間の持つ意味を無限大に変え広げることが出来るのです。
そんなことを踏まえながら、次に私の考える光のちからについて、二つのキーワードと事例とともにお話します。

光は影の立役者
光と影、相反するようですが、私は、いつもこのことを念頭に置いて設計をしています。一言で照明デザインといっても、その方向性には色々あって、イルミネーションや所謂ライトアップに代表されるような光自体で魅せるような手法もあります。もちろんそのような演出の光だけではなく、空間の照明デザインにおいても同様です。私の考える照明デザインは、その方向とは少し違って、光が主役ではなく、光をその空間の名脇役として存在させるという手法です。その空間が担うべき目的や用途、機能を満たすため、また、それらをより明確に、またはより美しく存在させるための光を考えるのです。
例えば、分かり易い例をあげます。この写真は、今売れに売れている某アパレルメーカーのショールームの照明計画です。ここでの主役は、もちろん並べられたカラフルなパンツです。それらを際だたせるため、照明デザインとしてまず検討するのは照明器具、ではなくその背景となる壁面です。パンツの色彩をより鮮やかに魅せるために、背景は少し明度を落とした無彩色、そして光を受けにくい艶なしの素材を指定し、程よい光を受けさせるよう提案します。照明器具を選ぶのは、その次です。まず大事なのは照明器具が目立たないこと、ここではグレアレスのアジャスタブルダウンライトを選びました。光の演色性はもちろん、広がり方、その取付位置、振り向ける角度を細かく検討し、人の目線位置に光の重心を置きました。これらの細かい計算によって色鮮やかなパンツが、浮き上がり、場の主役となるのです。

作り込んだナチュラルメイク
照明というのは、メイクに似ているなというふうに常々思っています。建築設計の方は、すっぴん、所謂自然光が一番、自然光の中でどう見えるかを追求し、夜は機能的な光があれば十分という方も結構いらっしゃいます。でも、一度メイクの楽しさを覚えると、世界が広がったり変わっていくものです。メイクの仕方にも様々あって、華やかに主張するメイクもあれば、あくまでも自然体にこだわったナチュラルメイク、というものもあります。私は、これでいうと「作り込んだナチュラルメイク」というものが好きで、出来るだけその空間の用途個性やデザインの良さを目一杯引立てていきたいと常々考えています。光自体が前へと主張するデザインよりも、例えば自然なノーズシャドウやハイライトを入れるような手法です。空間のコンセプトや構成、造作、そして何より素材の良さをより美しく見せる、というのは照明が担う大変大きな役割だと私は思います。
どんなに良い素材を使っていても、それを活かせない光に照らされ、大変残念に思うことがよくあります。逆に、こんな素材でも、こんなに美しく見せることが出来るということも、照明次第では可能であることを是非心に留めて置いてください。 (横田)

シギラリゾート・インギャーコーラルヴィレッジ: 小口径の軒下用グレアレスダウンライトと手摺照明によって一旦床面をたたき、その光った床面を平滑な軒裏の白い艶有り塗装面に映り込ませることによって浮遊感のある印象的な夜景を作った。

新宿武蔵野館の改装計画: 映画撮影のバックヤードをコンセプトにベニア板を使った内装を、安っぽく見せず空間を引き立てるような照明効果を追求した。また、この照明を同時に地明かりとして空間の明るさを確保し、光を分散させないことで、空間自体に映画の始まりを待つ間の心地よい緊張感と集中力を高める効果をもたらした。

新宿武蔵野館の改装計画

「光のちから」を聞いて 常山未央

理科大二部、設計製図でのはじめの課題は伝統課題である「光の部屋」です。直方体の箱に光の入れ方やそれを透過させる素材、受ける素材やかたち、影の落ち方を検討し、空間を作ります。光の美しさや面白さにふれ、空間の視覚的認識は光により、光を扱うことは建築の基本であるということを学んだように思います。
横田さんはレクチャーの中で、和食は面光源、洋食は点光源だと美味しく見えるというのを、比較写真を用いてお話していていました。例えば歌舞伎の舞台も、全体を明るく照らし平たい光によって演出している。一方でオペラはスポットライトを使いコントラスト・立体感を出す。軸組でできており、障子を介し面で自然光を入れる日本建築と、石造りで、面に開けたぽつ窓から自然光を入れる西洋建築との違いとも通じているのかもしれません。光にも文化があるというのはすごく面白い。
「光の部屋」の課題からはや15年、基本だと学んだはずの光に対して全く深められていなかった自分を反省しつつ、「光のちから」がもたらすこれからの建築の無限な可能性に、気持ちが高揚したレクチャーでした。

横田 道子 Michiko YOKOTA
照明デザイナー・株式会社 andLIGHT 代表

1971 東京生まれ
株式会社ハロデザイン研究所、有限会社中島龍興照明デザイン研究所経て
2000 有限会社ライトデザイン設立に参画
2008-  株式会社 andLIGHT 設立
商業施設、公共施設等の建築・インテリアの照明設計を始め外構、都市計画、橋梁のライトアップ等、様々な照明のデザインを行う。