常山 未央

時をつなぐかたち

不動前ハウス (photo: Sadao Hotta)


最近、AI(人工知能)に東大入試を解かせる、という話を読んだ。2015年現在の技術では、数学は解けるが、物理が難しい。そこに時が関係しているからだという。
学生のころ、ラカトン・アンド・ヴァッサルの「レオン・オコック広場の改修案」(1997)を知った。当時発売したばかりの2Gを手にした友人は興奮して、来期その建築家のスタジオをとるのだと教えてくれた。その広場の改修コンペで彼らが提案したのは、砂利を敷き替え、樹木を剪定し、維持監理していこう、というものだった。既存の広場は歴史的街区の営みの一部であり、すでに美しい。建造したり、創造したりしなくとも、その建築家の認識が、人の主観性を転換し、新たな空間の質をデザインすることにびっくりした。少しずつ生成された地形、人工物の成り立ち、そこをとりまく一日の生活、気候。建築を考えるときに対象とするものにはかたちがあって、そのかたちは、さまざまな時を内在している。

「レオン・オコック広場の改修案」ラカトン・アンド・ヴァッサル
Photo:  “Lacaton & Vassal” 2G, n.21, 2002: p.30.

卒業後、私が勤めた事務所はバーゼルというスイス第3の都市にあった。ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンやディナー・ディナーなど、スイスを代表する建築家が事務所を構え、多くの有名デザイナーを送り出した美術学校のある、デザインに敏感な町である。バーゼルを選んだ一番の理由は町の真ん中を大きく蛇行する、ライン川であった。中心部に来ると、この町がライン川を中心に栄えたことがあほらしいくらい一目瞭然である。高く切り立つ外側は大聖堂や市庁舎のある大きいバーゼル、クラブやカフェがたくさんある低地は小さいバーゼルと呼ばれている。夏は皆ライン川に集まり、護岸に座って川の流れを眺めながらおしゃべりしたりBBQしたりする。町中の人が自然と人工物の融合した、町の根源である場所で多くの時間を過ごしていた。
そのバーゼルで、ヘルツォーク・アンド・ド・ムーロンが1985年に発表した「マルクトプラッツのための提案」の再計画は、既存の広場の床に葉っぱ型の穴を開け、広場の下に流れるライン川につながる運河の存在を、流れの音とともに再び市民に開くものであった。そこが谷であり、谷を行く運河に沿って発展した町の中心の歴史的・地形的位置づけを身体的に人々に感知させ、空間の認識が谷を挟む丘や、ライン川の先の国までも広がるような小さな一手である。ここに住んだら、自然や町、人工物などのもつ時との付き合い方を、身体で学べる気がした。

 「マルクトプラッツのための改修案」ヘルツォーク・アンド・ドムーロン
Mack, Gehard. HERZOG & DE MEURON 1978-1988  Das Gesamtwerk Band 1. Basel: Birkhäuser Verlag, 1997. p.25.

CAFE deux poissons:もともと展示棚に使用されていた「エコバリューウッド」を転用したカウンターとテーブルの天板、ユニクロメッキを施したレンジフード、スイングドアがシンプルな空間に彩りを与え、ショールーム時代のランプやオーナーの持ち物の椅子を引き受けている。 (photo: Yasuaki Morinaka)

INFO Place 景色:明治神宮の森の向こうにうっすらと富士を望む。既存の家具をそのまま使用し、間隔をあけて配置することで、ゆったりとしたスペースを実現している。既存家具を転用したベンチは、オフィスビルの一画に窓際に近づくチャンスを与えている。 (photo: Yasuaki Morinaka)

白山の立体居:sunwaveの鋼製キッチンカウンター、ふすま、梁を覆う化粧の突板、床のコルクタイルなどの既存部、錆び止め色をほどこした室内が、新旧の共存を支えている。

東京での時との付き合い方は、バーゼルのそれとぜんぜん違った。「不動前ハウス」(2013)では 倉庫だった当時のがらんと大きなリビングとし、鉄扉を開け広げることにより、路地との接続を試みている。倉庫、鉄扉、外部階段、バルコニー既存の窓など、倉庫を持つ住宅だった建造物が持つ空間特性と、新たな共同生活のあり方を相互に関係づけている。オフィスビルの一画を企業の休憩兼ミーティングスペースとして改修した「INFOPlace」(2014)では、休憩スペースの改修という与えられた枠組みを問い直し、隣接する会議室を取り込み大きなスペースを確保することで、活動が増え、部署を越えた横のつながりの形成を狙った。11階からの東京を一望する眺めを資源と捉え、どこからでも楽しめるよう、既存の家具を再配置した。デザインに合う、合わないを問わず、そこにあったものを再利用することで、東京の成り立ちと企業の成長を関係づけている。「CAFE deux poissons」(2015)は、ジュエリーギャラリーに併設するショールームをカフェとして改修する計画である。既存のショールームをデザインした建築家が展示棚に使用した 「エコバリューウッド」というリサイクル材を、ギャラリーの歩みとその場所の成り立ちを引き継ぐものとして扱い、カフェという新たな用途へ合わせてカウンターやテーブルなどに転用している。5階建てのビルの改修である「白山の立体居」(2015)は、外のような「立体庭」を中に引き込み、そこにもともと使用されていた鋼製のキッチンや仕上げの突き板材をそのまんま残しながら、町と建物のもつ時間と、新しい生活との接続を試みている。

不動前ハウス (photo: Yasuaki Morinaka)

CAFE deux poissons
(photo: Yasuaki Morinaka)

白山の立体居

自分が生まれた土地だからか、開発が単発的に進む町の性質のためか、ほんのささやかなかたちの断片から時を感じてしまう。それを引き継ぎ、さらに何十年か先に繋いでいく作業をたんたんと行っている感じである。近代は人の快適で便利な生活を目指して進んできたように思う。人のことばかりを考えすぎて、それだけでは幸せではない、ということに気づき始めたように思う。かたちに内在する時をつないでいくことが、人やもの、家具、建物、町、自然、動物が、どう、この先連関し、共生していくかを見据えた、建築のあり方なのかもしれない。(常山)

「時をつなぐかたち」を聞いて 岩澤浩一

「時をつなぐかたち」お話を聞いてこのタイトルが腑に落ちた気がした。そこに存在してきた物や空間に静かに耳を傾ける。そこに刻まれた時、内在する可能性を見いだす。常山さんの設計から感じた印象です。「弱いつながり」東浩紀氏の著書です。アウシュビッツの章を常山さんは引用します。(そこに残ったモノがそこで起こった出来事(歴史)を言葉より強烈に伝える。)そこに残ったモノに対する真摯な眼差しが、現在に応答すると共に、もう少し先の未来(建物用途が変わったり、オーナーが変わったり、設計者が変わったり)に対しても接点となるような設計をされていると感じました。時間や建築に対する繊細で且つ強い信念を持った常山さんがスイスでの設計活動を続けて行く中で、日本で建築を設計する使命感のようなものに駆られて帰国するエピソードには個人的にとても感動を覚えた。

常山 未央 Mio TSUNEYAMA
製図準備室助教

1983 神奈川県生まれ
2005 東京理科大学工学部第二部建築学科卒業
2005 Bonhote Zapata Architectes, ジュネーヴ, スイス
2008   スイス連邦工科大学ローザンヌ校建築学科修士課程修了
2008 HHF Architects, バーゼル, スイス
2012 mnm 設立
2013 東京理科大学工学部第二部建築学科 補手
2014 武蔵野美術大学造形学部建築学科 非常勤講師
2015 東京理科大学工学部第二部建築学科 助教

(写真右から3番目)