稲山 貴則

身近なスケールから考える

家と空き地 (photo: 鳥村鋼一)


家と空き地 模型写真

「身近なスケールから考える」と題して、今まで設計した住宅や現在計画中の仕事、事務所のある横浜のまちづくりの一例を紹介した。唐突だが私は最近「公共」という言葉に興味がある。”身近なスケール”と”公共”は一聞すると相反する概念のように思う。しかし、私は同一の思考の延長線上にあると思っている。当日使用したスライドに沿って幾つかの事例で紹介する。

家と空き地(オンデザインで担当)
最初は私が2014年まで約6年間在籍したオンデザインパートナーズで担当した「家と空き地」というタイトルの住宅。神奈川県藤沢市に建つ夫婦2人のための家である。サーフィンが趣味の夫と音楽が趣味の妻。この2人のためにそれぞれの家(サーフハウスと音楽ハウス)を用意し、お互いの共有空間である空き地(リビング)の両サイドに配置した。2人の人間が1つの空間に存在することにより公共の概念が存在すると思う。「家と空き地」はたとえ住宅であろうと、サーファーと音楽家の2人のために公共という概念持ち込み建築を構成した。

家と空き地 サーフハウス(photo: 鳥村鋼一)

家と空き地 内観 音楽ハウス(photo: 鳥村鋼一)

風景に沿う部屋:プレゼン時に使用した断面ダイアグラム。水平に伸びる窓が風景を切りとり、地形に沿って床が雛壇状に配置される。

風景に沿う部屋(オンデザインで担当)
次は「風景に沿う部屋」という長野県の軽井沢町に建つ週末住宅。この建築では過ごす人の所作について考えた。敷地に存在する緩やかな勾配に沿って配置した床や凹凸し角度のついた壁、一直線に伸びる窓との関係を頼りに様々な行為を誘発する場所を用意する。機能の伴った部屋という概念を少し崩すことによって、より本能的に場所を探し過ごすようになる。例えば公園で人々は誰に言われるわけではなく思い思いの時を過ごす。その時必要な場は「風景に沿う部屋」で用意した様な小さな設えではないかと思いパブリックスペースの過ごし方を考えてこの建築を設計した。
他にも小さな公共建築や研究室の家具づくり、上記以外の住宅の紹介をした。いずれも小さなスケールの建築である。しかし公共というフィルターをかけると様々なものが見えてくる。一般的に公共は個人の生活と少し遠い概念のように思う。しかしどのようなプロジェクトにも社会との接点は存在する、その接点を丁寧に読み込むことで社会をより高密度にとらえることができる。どんなに大きな公共空間も小さなスケールの集合で構成されており「身近なスケールから考える」ことで公共という概念がより開かれたものになると思っている。

風景に沿う部屋 内観写真

(photo: 鳥村鋼一)

(photo: 鳥村鋼一)

泰生ポーチ
話は変わって事務所のある「泰生ポーチ」という小さなビルの話もした。このビルは築50年ほどの4階建てのビルをリノベーションし、クリエイターやアーティスト計12組が2〜4階に約10〜17㎡部屋の個室を賃貸し入居している。
1階はカフェとラウンジと呼ばれるイベントスペースがある。更に屋上でもイベントをすることができ、ほぼ毎週ビルのどこかでイベントをしている。このような小さなビルのリノベーションでも街に与えるインパクトは大きく、毎週まちづくりの実践を身近に見ることができる。小さな事務所でも集まることで少し大きなことをやってのける力を持つ。そんなことを日々、目の当たりにしている。(稲山)

泰生ポーチ屋上

「身近なスケールから考える」を聞いて 濱定史

紹介いただいた設計段階の模型写真では、実際の建築写真と見紛うほどに生活を喚起させる添景が作りこまれていて、会場中が声をあげて驚きました。模型精度が高いことも然ることながら、小さなスケールまでを含んだ住まい方を考えて設計されているのだなと感じました。小さな建築や家具の中にも実は「社会」が含まれていて、ちょっとした操作によって都市・街・建築・家具・道具と人の関係が活き活きと映しだされる、とても共感できるお話でした。

稲山 貴則 Takanori INEYAMA
栢木研補手

1982 山梨県生まれ
2005 東京理科大学工学部第一部建築学科卒業(伊藤研)
2006 山梨にて設計事務所勤務
2009 オンデザインパートナーズ
2014 稲山貴則 建築設計事務所設立
2015 東京理科大学工学部第二部建築学科 栢木研究室補手

(写真右から2番目)