呉 鴻逸

ダイアグラム・プロトタイプ

人工地盤プロジェクト


私は2004-09年にロッテルダムとロンドンに、それぞれ研究と設計実務のために滞在しました。研究では建築形態を最適化させる可能性に取り組み、さまざまな要因によって最適な形をつくる方法について、またそもそも最適とは何なのか、というようなことを考えていました。
有名なキューブハウスは通っていた研究所の近くにありました。傾斜して密に並べられたこの立方体の建物群は、たいてい形の奇抜さばかりを注目されますが、実際には住居密度や人工地盤上の共用部、立方体による施工性や各住戸の巧みな窓の取り方など、多くのことを叶える形であることがわかります。コンピューターが身近で使われるようになって、より複雑な形を扱い、より多くの要因に関連付けられた形の成り立ちを検討できるようになりました。このことは現代のものづくりの特徴として、学生からプロまで設計に関わる立場としては少なからず理解しておくべき大切なことです。キーワードとして「ダイアグラム」と「プロトタイプ」の二つを挙げます。この二つをひとつの体系のなかで考えてみると、形の成り立ちについて理解しやすく、設計に取り組みやすくなるのではないかと思っています。このことに触れたきっかけとなる二つのプロジェクトを紹介します。

人工地盤プロジェクト
Ciro Najleによるスタジオ”Hydrotype(2005)”で取り組んだ作品で、心臓の弁をモデルとした波の満ち引きで動く人工地盤の提案です。3次元動画で紹介したこのモデルは、弁と液面の二つの面を目に見える「曲線」と見えない「バネ」によって組み立てたものです。この作業を通して思い知らされたのは、どんな単純な形でも意外なほど複雑にふるまうことを、いつもは先入観のために気づかずにいるということです。弁は液面に押されて動くだけではなく、逆に押し返すことも、弁が動くことで液面が引っ張りあげられることもあります。このようなことは観察だけでは想像できない形の持つ本性と言えるでしょう。

三枚弁のモデル

モデルの挙動による開口・複数モデルの配置による開口

配置図(部分)

五段階のパラメトリック・モデル

配置図 住戸サイズによる色分け・雨水を蓄える地表面

基準断面

マドリッドの集合住宅プロジェクト
マドリッド郊外の実際の敷地に計画する集合住宅の提案で、構成部材から街区内の配棟まで五段階のスケールに分け、それぞれが変形する「パラメトリック・モデル」によって設計されています。多様な住民を受け入れ、環境に優しい建築とすることが条件で、各スケールのモデルは「関心事(concern)」に対して「効果(effect)」をもたらし、また小さなモデルが大きなモデルの一部となる、という規則に従い、全体が集合住宅を構成するというものです。

ダイアグラム・プロトタイプについて
ダイアグラムという言葉の意味は広く、平面図や断面図等とは違って、使用される割には意味が曖昧なことが多いです。ジル・ドゥルーズが『感覚の論理』等でさまざまな切り口でダイアグラムを説明していることは理解の手がかりとなります。ここでは私なりに以下のように言い換えたいと思います。
ダイアグラム:見えないものを見えるようにしたもの/すること
プロトタイプ:原型、あとから改良できるようにつくられたもの
ふたつを合わせて考えると、設計で繰り広げられる思考とは、現実とダイアグラムで表現し把握される抽象化された世界との間を際限なく行き来することで行われ、プロトタイプとはその行き来の途中に、現実の側に産み落とされた最初の「モノの姿」と言えます。プロトタイプはいつでも起源と思われますが、それは長い思考の結果であり、また人や場所を変えて設計が継続されるなかで、生まれ変わり続けるものでもあるのです。
形はいつでも設計の対象ですが、現在ではさまざまな要因を反映させるためのツール(例えばRhinoceros)が多く用意されています。しかしこの話をした理由は、決してそのツールの器用な使い手になってもらいたいからではなく、ツールで解決できることと、そうではないことが見極められる、設計の方法とそのなかの思考をアップグレードしていけるような設計者になってもらいたいからです。(呉)

ドゥルーズの「ダイアグラム」読解と「プロトタイプ」の位置づけ

Kubuswoningen, Rotterdam 撮影:呉

「ダイアグラム・プロトライプ」を聞いて 岩澤浩一

ありのままの世界から建築を設計していくには、その手がかりが必要だ。
自分としては大まかに与条件的水準(要求的なものと選択的なものがある)と形式的水準があると思う。これらの手がかりの見つけ方や取り扱い方により多様な建築がつくられてきた。一方でその手がかりをめぐる設計手法や設計プロセス論が多様性を持ちながらも体系化され、その知の体系により覆い隠されてしまっている手がかり(可能性)もありのままの世界には未だ多く存在しているだろう。コンピューターを用い、より多くの与条件的水準の手がかりを並列化し、形態を生成させながら新たな形式を発見する試み。これは形態のみならずコミュニケーションプロセスを発見する試みでもある。呉先生の熱のこもったレクチャーからパラメトリックデザインの可能性の一端を再認識することができた。

呉 鴻逸 Hong-Yea WU
建築家/東京電機大学講師

1975 東京生まれ/台湾出身の両親をもつ
1998 東京大学卒業
2006 ベルラーヘ・インスティテュート修了
シーザー・ペリ アンド アソシエーツ ジャパン, FOA勤務を経て
2009 Whiteroom Architects 設立
2011 東京理科大学助教
2015-  現職