崔 彰訓 x 焦 瑜 x 涌井 将貴 x 鄭 新源

トータルエンジニアリングとしての建築

構造・環境・生産系助教によるショートレクチャー + 設計系とのパネルディスカッション


「建築におけるVE」 崔 彰訓

VE(Value Engineering)とは、最小のライフサイクルコストで必要な機能を確実に達成するために、製品やサービスの機能的研究に注ぐ組織的努力のことで、建築の世界では計段階でのVEと施工段階でのVEに分けられる。このようにVEについて定義していますが、専門分野外の人々にはイメージが捕まらないかも知りません。そこで、身近な事例を挙げてみましょう。彼女或いは彼氏ができ、初デートの日に食事をしにレストランへ行くことにしました。そのレストランの評価とコストが下記のようにそれぞれの条件が異なる場合、あなたはどのレストランを選びますか。
人はモノを選択する際、図1の条件1(コストと評価項目が固定ではない)にように選択余地の可能性を高くすれば、自分なりの選択基準によりモノを選ぶでしょう。半面、選択余地の可能性を低くすればするほど、即ち、図1の条件2(評価項目の固定)や条件3(コストの固定)のようにある選択余地を固定にすると、人がモノを選ぶための選択基準はそのモノの価値で選択するのではないでしょうか。これが、VEの考え方で、価値の基準はコストパフォーマンスである。ここで、VEで言われる価値を数量化すると式1となります。費用と機能が図2のようにバランスを取ると人は自分の選択に満足し、更に、払った費用より機能が上回った場合は満足を超えるでしょう。

建築におけるVE適用時期と効果
上記に述べた話は一般的なVEの概念であります。それでは、建築ではどのようにVEを適用するかについて話をします。図3のように、建築のLife Cycleを区分すると建物を建てるための企画、基本設計、実施設計、施工段階からとユーザーの使用と維持するための修繕、最後は解体となります。その内、VEを適用して最大の効果が得られる時期は企画の段階ですが、実際は実施設計段階であると一般的に言われます。それは、実施設計段階まで入らないと具体的に費用対効果を計ることが難しいからです。それでは、実施設計段階では最小のLCC(Life Cycle Cost)で必要な機能を発揮させるために設計図書を検討しながら代替案と評価より価値を向上させます。施工段階では最小のコストで施工できる方法や工事計画などを、既存のモノ(工法、計画)を改善するために工夫し、実施設計段階と同じく代替案と評価より価値を向上させ、発注者を満足させる活動を行います。
VEの特徴はモノを機能的な観点から分析する研究分野で、モノの価値の創造や改善に生かしています。皆さんたちもVEの世界に自分たちの研究を適用するのは如何でしょうか。(崔)

「図1」 条件1, 2, 3

「図2」 費用と機能のバランス

「式1」 VEの価値を数値化した式

「図3」 建築のLife CycleとVE効果

「免震構造用U字形ダンパーの性能評価」 焦 瑜

て、鋼材の塑性変形を利用したU字形鋼材ダンパーが開発された。UダンパーはSN490B材をU字形に冷間曲げ加工した後、熱処理を施して製作したものである。Uダンパーはダンパーのサイズ、本数や配置を自由に選択でき、また、積層ゴムアイソレータと一体化することで省ペース化が図れるといった利点を持つことから現在、多くの免震構造に用いられている。
本研究では、まず実大規模のUダンパーの実速度を想定した動的繰り返し載荷実験を行い、繰り返し荷重下における履歴挙動、Uダンパーの疲労特性を評価するとともに、エネルギー吸収能力に関する評価方法を検討する。次に、免震層は水平2方向から外力を受け,水平2方向外力下でのUダンパーの性能を把握するため、実大のUダンパーを用いた水平2方向載荷実験を行い、水平2方向外力下でのUダンパーの疲労性能の評価法を検討する。
1方向載荷実験装置を図1に示す。試験体の載荷方向を面内0度、45度、90度と変化させた。2方向の実験装置を図2に示す:上部治具に反力をとり、下部反力ブロックに直交 2方向に接続された2本の水平ジャッキにより、試験体に変位制御による水平2方向強制変形を与えた。
これらの実験から、外力を受けるUダンパーの変形状態を把握し、1方向及び水平2方向疲労性能を検討した。図3に1方向と水平2方向外力を受けるUダンパーの変形状態の比較を例示する。これらの写真から、2方向載荷履歴を受ける場合、捩れ変形が見られ、Uダンパーの疲労性能を評価する際に捩れの影響も評価しなければならないことがわかった。そこで、破断指標Jfと定義し、捩れ変形による疲労性能への影響を評価する。ただし、水平1方向載荷の場合ではJfは0となる。
図4に累積損傷度D2と破断指標Jfの関係を示す。Jfが小さいと水平1方向載荷時における疲労性能とほぼ同等の性能を有する。しかし,Jfが大きくなるにつれD2は徐々に低下するが、Jfがある値を超えるとD2は一定の値に留まる。以上の関係をまとめ、水平 2 方向外力下における U ダンパーの疲労性能の評価式(図4に示す)を提案する。(焦)

「図3」 1方向及び2方向載荷を受けるUダンパー変形状態の比較

「図1」 1方向Uダンパー載荷実験装置

「図2」 2方向Uダンパー載荷実験装置

「図4」 2方向Uダンパー疲労評価式

「建築構造におけるヘルスモニタリング」 涌井将貴

2004年10月23日17時56分、新潟県中越地震が発生した。僕が高校2年生のときである。地震発生後、電車やバスが運休となり、帰宅することができない部活の仲間数人と、高校の体育館に避難した。その後の3日間、体育館で生活することを余儀なくされた。本震後は何度も余震があり、そのたびに体育館の天井からぶら下がっている照明が落ちてくるのではないか、と心配になったことを今でもまだ覚えている。
建物に設置されているセンサ等によって計測されたデータから、建物の健全性、損傷度を評価する技術として、構造ヘルスモニタリングがある。日本では、地震被害後の建築物における被災度を判定することになっているが、判定士が目視により行うため、時間を要することや、壁や天井などの非構造部材によって構造躯体が直視できないことなどの問題点が指摘されている。そこで、前述した構造ヘルスモニタリング技術を利用した、被災建物の迅速かつ定量的な損傷度の評価手法の確立が必要とされる。
昨年2016年4月の熊本地震においては、震度7を観測する地震が2度発生した。その際、1度目の地震(前震)では倒壊しなかったものの、その後の本震で倒壊した建物があった。
大きな地震が起きたが、自宅は倒壊せず、見た目上、住むことが可能だと判断した場合、あなたならどうするだろうか。地震が発生した直後は、体育館などの避難所へ避難をするが、その後、自宅へ戻ると、自宅の中は、家具や内装に被害があるものの、倒壊はしていない。不特定多数の他人に囲まれる避難所よりも、自宅で生活できるならと、自宅に戻ってしまう人がいるかもしれない。しかし、その建物がその後の余震、まして震度7を計測する地震を経験したとき、同様に倒壊しないとは言い切れない。
そもそも避難所の建物自体が安全であるかどうかはどうやって判断されているのか。避難民の不安を解消するためにも、損傷度・残余性能を評価し、安全であるかどうかの情報は必要ではないか。といった、お話と併せて、自分の研究紹介を最後にさせていただきました。加速度の微分。興味を持っていただけたのか心配しております。このような機会を与えてくださった岩澤さん、高さん、ありがとうございました。(涌井)

「建築におけるヘルスモニタリング」関連図

「建築における環境心理学 – 人間主体の空間・環境づくりを研究する」 鄭 新源

建築環境心理学とは、光・音・熱など環境の刺激や情報に対する人間の反応や評価を研究する分野である。ここでは常に人間が中心になることが原則であることから、建築物の使用と運用の段階で研究がなされることが多く、そこから得られた成果はその運用にフィードバックされたり、より客観的データにまとめ上げて他の設計や運用に応用されることもある。

事例1. 使用者の立場から公開空地のデザイン要素を評価
総合設計制度による公開空地を対象に印象評価を行い、公開空地の評価構造の把握を試みた。この調査は、利用者がどのような視点から公開空地の個別要素を評価しているのか、その要素が公開空地全体の総合的な印象としてどのように関係しているのかを把握し、利用者の価値観が公開空地の設計活動に直接連携できる設計言語を探ることを目的としている。
調査では、東京都の総合設計制度による建物のうち12か所を対象に、キャプション評価法とSD法により参加型現地評価を実施した。キャプション評価法においては、「○(良い、好きなど)」「×(悪い、嫌いなど)」「?(良い・悪いはわからないけど気になる、など)」と感じた場所やものをカメラで撮影し、その理由について定型自由記述による記録させ、利用者が評価する公開空地の個別要素について抽出した。SD法においては、総合的な評価尺度、圧迫感や開放化の有無、植栽の配置など感覚的な尺度が含まれた26の尺度を採用し、その総合的な印象評価が個別要素の評価がどのように関係しているのかについて検討した。

事例2. オフィスビルの環境性能評価
オフィスビルの執務環境性能を評価するために、温熱・光を中心とした物理要素の実測と同時に執務者の主観的評価を行い、対象オフィスの環境性能レベルを明らかにするとともに環境改善につながる運用方法を提案した。
主観的評価のツールとしては、日本サステナブル建築協会が提供しているSAP(Subjective Assessment of workplace Productivity)システムを用いて、環境要素について光・温熱・空気・音・空間・IT環境の6つの要素と、知的生産性評価について「集中のしやすさ」・「リラックスのしやすさ」・「コミュニケーションのしやすさ」・「創造的な活動のしやすさ」の4つの項目を評価する。
この評価方法は、オフィスの改修前後の環境比較や省エネルギー設備導入後の環境性能評価など、さまざまな場面で応用できる有効なものである。(鄭)

人間と環境と行動の関係(日本建築学会編「人間-環境系のデザイン」より)

調査地ごとの評価結果レポート例

調査様子

調査結果例-大規模オフィスビルの異なる階に位置する2つのオフィスAとBの比較

「トータルエンジニアリングとしての建築」を聞いて 稲山 貴則

4人のお話を聞いて改めて「建築」というもののレンジの広さを感じるのと同時に、普段携わっている建築設計においてあまりにも目の前の差し迫った問題ばかり扱っていることに気づかされた。建築に関わるすべての問題を一人で賄うことはできないが建築は何人もの人々による共同作業である。まずは私たちの周り(大学内)には様々な研究があることを知り建築の多様性を痛感することが第一歩であり、大学という場所はその点はとても恵まれているところであると思った。また、同じ建築の話であるが普段耳慣れない言葉が多く理解ができない私達へ4人のパネラーは丁寧に解説して頂いたことも印象的であった。私達が普段使っている言語も、同じ建築の中においても分野が変われば専門用語であり、様々な人が共同する建築において使用する言語は常々意識して使用する必要性を感じた。

崔 彰訓 Changhoon CHOI
東京理科大学工学部建築学科 伊藤拓海研助教

1973 韓国釜山生まれ
2001 九州東海大学工学部建築工学科卒業
2006 国立釜慶大学大学院建設工学部建設管理工学協同課程修士課程修了
2013 早稲田大学大学院理工学研究科建築学専攻博士(工学)学位取得
2011 早稲田大学理工学術院総合研究所助手
2013-  東京理科大学工学部第一部建築学科助教

焦 瑜 Yu JIYAO
東京理科大学工学部建築学科 河野研究室助教

1982 中国上海市生まれ
2002 中国上海交通大学卒業
2002 中国上海建築設計研究院(2006年退職)
2009 東京工業大学大学院(環境理工学創造専攻)修了 修士(工学)学位取得
2012 同大学大学院卒業・修了 博士(工学)学位取得
2012-  東京理科大学工学部第二部建築学科助教

涌井 将貴 Masaki WAKUI
東京理科大学工学部建築学科 高橋研助教

1987 新潟県生まれ
2011 東京理科大学卒業
2013 東京大学大学院建築学専攻 修士課程修了
2016 東京大学大学院建築学専攻 博士課程修了 博士(工学)学位取得
2016- 現職

鄭 新源 Sinwon JEONG
東京理科大学工学部建築学科 倉渕研助教

2007 東京大学大学院(建築学専攻)修了
博士(工学)学位取得
2007   日建設計総合研究所 研究員
2010   千葉大学工学部建築学科 技術職員
2016-  現職