大学学部で「建築」を学び初め、大学院修士、博士、理科大助教、そして現在に至るまで常に「建築」「都市」「デザイン」本流ではなく、そのin-between(間)やmarginal space(余白)に身を置いて活動しているように思う。今までの活動を振り返り、考えて来たことから、これからの自分のアイデンティティについて考えてみたい。
卒業設計「i-medium architecture −アクティビティフィールドによる都市空間の記述と余白からつくるケンチク−」
大学学部時代のはその集大成として卒業設計に取り組んだ。学部時代に「建築」を学ぶうちに,建築空間や都市空間の構成原理について興味を持つようになった。ルイス・サリバンによる「形態は機能に従う」という言葉とミースによる多様な用途に対応できるユニバーサルスペースという二つの対極にあるような考え方のはざまで、都市・建築空間における人の群衆をアクティビティ・フィールドという人の動きのベクトル場として捉え、パターンの抽出し、それを使用した都市・建築空間の記述方法に取り組んだ。この方法は異なる空間機能であっても、そのアクティビティ・フィールドのパターンが同じであるという特徴を用いて空間を記述することで,各空間が多義性を持てるのではないかという考えに至った。
研究を進めていくなかで、アクティビティ・フィールドは入れ子状に相互にその発現のきっかけになっていることも分かった。そこで、アクティビティ・フィールドに満たされた空間の周りに発生するあるいはそれらに挟まれた空間を「余白」や「間」と位置づけた。このようないういわば間接的に発現する空間があるからこそ、空間の豊かさが生み出されるのではないかと思い、アクティビティ・フィールドと「間」や「余白」という理論が合わさり、卒業設計として様々な人々が行き交う「都市のホワイエ」としてi-medium architectureを作った。振り返ってみるとin-betweenやmaginal spaceという概念が表れたのはこの時からだった。
i-medium architectureコンセプトダイアグラム
都市のホワイエとしての i-medium architecture
ホワイエ
上から:「賑やかさ」のイメージ分布マップ(赤)/「居心地」のイメージ分布マップ(緑)/「今日性」のイメージ分布マップ(青)/統合のイメージ分布マップ(複合)
修士研究,博士研究,理科大時代・・・
「目に見えない事象」の可視化
卒業設計の流れから、「目に見える事象」よりも、人々が都市・建築空間における活動を通じて蓄積していった「目に見えない事象」に興味を持った。そこで修士研究では、都市・建築空間において人が抱く「イメージ」の要因を探し出すことと、それを実際に「目に見える」かたちにすることを目標とした。
都市・建築空間における「イメージ」の発現場所として着目したのが街路や通路という建物と建物の間の空間である。それらは人々が各々の目的をもってうごめいている場所であり、様々なイメージが蓄積されている場所であり、固有のイメージを捉えることは容易ではない。人々が集まる場所には、それぞれの時間と場所を共有する共通の「目的」があると言える。そこで,着目したのは商業店舗の分布である。似たような業種・業態の店舗が集まる場所には、きっと同じような目的を持った人々が集まるであろう、そしてそこに固有のイメージが発現するであろうという仮説を出した。
それを証明するために、まず各地点において人々が抱くイメージをアンケートによって抽出した。次にその同じ地点の周りにある店舗の業種・業態別の割合を計算した。これら二つの関係性とその強度をモデル化し,各地域イメージを説明するためのモデルの構築しイメージの構造化を行った。(テクニカルな説明は投稿論文を参照されたい)それによりアンケートでイメージを抽出していない地点のイメージも、店舗の業種・業態別の割合をモデルに代入することに寄って推計することが可能となり、各地点のイメージの可視化を実現した。
博士研究では「目に見えない事象」の可視化をさらに追求する中で「解析」という分野に足を踏み入れる。徹底して数理・定量的に事象を捉え、解析し可視化していくことに没頭した。ここで取り組んだのが、都市空間における目に見えない時間・空間的な「パターン」や「流れ」の可視化である。修士研究の折から興味を持ち始めた商業集積について、その拡大パターンによる分類であったり、その拡大方向の可視化の手法開発に関する研究を行ってきた。これによって見えてきたことも、諸々がせめぎ合っている事象の「余白」や事象同士の「間」であった。結局、それは卒業設計からの「余白」や「間」なのである。
「デザイン」分野へ
理科大の任期満了に伴う退職後、現職に至る。今度は「デザイン」という分野の教育・研究へ飛び込むことになった。建築や都市と共通することは多くあるが、「デザイン」は似て非なる分野であることが分かってきた。明確な答えはまだ見つからないが、恐らく実現可能性をより強く求められる傾向にあると感じている。そんな中で,学生たちに空間づくり、ものづくりの面白さを伝えるために、やり始めたのがブックシェアのための移動書棚のプロジェクト、通称「ぶっくる」である。
習志野市の袖ケ浦団地という約40年ほど前にできた現在URの団地において、その広大な敷地の中で移動が億劫になっているであろう高齢者が多く住んでいる団地を活性化するという課題で、その解決策として移動する書棚を利用したブックシェアを題材としたプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトでは書棚本体を1/1でデザインビルトすることに留まらず、ブックシェアの仕組み、プロモーションのためのロゴやポスター制作、当日スタッフ用のエプロン、さらに評価・検証のために当日の現地の歩行者・滞留者の調査も含めたトータルデザインが特徴である。まだ手探りの段階ではあるが、こういうことが恐らく「デザイン」分野で取り組むことなのだろうと感じている。今回の講演以降、夏と秋に2回、イベントとし実施しており、概ね住民、スタッフの学生、双方において手応えを感じている。今後もトータルデザインということをベースにして取り組んでいく予定である。
住民の方にも興味を持ってもらう
ぶっくる全景
黒板が地域の伝言板の役割も果たせる
おわりに
これまでの活動はどれも「建築」や「都市」、はたまた「デザイン」の本流ではない。それぞれの合間を縫って,in-between(間)やmarginal space(余白)の部分を常に攻めている気がしている。その発端となった卒業設計をi-medium architectureと名付けているのも、今となって思い返して見れば、モノ・コト・ヒトをmedium(媒介)するための空間や建築に興味があったからだろう。現在「デザイン」の教育・研究に携わるようになり、対象が「建築」だけではなくなってしまったからこそ「建築」「都市」「デザイン」のin-betweenやmarginal spaceから教育・研究に携わる人間としてどう社会に貢献しそれを盛り上げていくのかを考えて行かなければならないと思っている。「建築」「都市」「デザイン」のはざまで、本流の引き立て役,名脇役となって行きたいと思っている。(稲坂)
「in-between space / marginal space」を聞いて 藤井健史
「可視化」と言うと難しく聞こえるかも知れないが、慣れ親しんだ図面や模型もまた可視化手法のひとつだ。おそらくAfter Hours参加者の大半は、建築の構想を可視化して、計画し、他者に伝達できる。では、モノ・ヒト・コトの間にある「目に見えない関係性」の可視化は?図面や模型で可視化するのは難しい。これは、取り扱う対象の難易度の問題と言うよりも、可視化の根本的な性質による。
可視化という手続きはそれぞれある対象の「特定の断面(=観点)」を効果的に記述することに特化していて、それ以外の情報はバッサリ捨てている(=抽象化している)。よって、目的に対する適・不適があり、例えば平面図で断面計画は語れない。解き明かしたい対象を従来の方法で可視化できなければ、稲坂先生のように手法を「開発」する必要がある。逆に言えば、新たな可視化手法の開発は、対象に新たな断面(=観点)を与える作業に他ならない。そう考えると、建築提案においても、平立断と模型とパースと・・・そういった基礎的な手法は重要だが、従来の手法だけで自分の案を十分に可視化できているか?自分は何を拾い、何を捨てようとしているのか?は都度問い直すべきだろう。
稲坂先生のレクチャーでは、in-between space / marginal spaceにまつわる事象の可視化と分析の具体例が様々なスケールを横断して示された。それは、方法さえ発見すれば、「目に見えない関係性」のような従来取り扱えなかった範疇まで含めて建築・都市を思考できることの証明であり、「建築と都市の本流にいるあなた方は、その『間』をどう捉えているか?」という問いかけのようにも思えた。
稲坂 晃義 Akiyoshi INASAKA
千葉工業大学創造工学部 デザイン科学科・助教,博士(工学)
1980 神奈川県生まれ
2002 東海大学卒業
2005 慶應義塾大学大学院(SFC)
2010 東京大学大学院(都市工学専攻)卒業・修了
博士(工学)学位取得
2009 東京理科大学工学部第一部建築学科補手
2010 同大学助教
2015- 現職