学生時代、日本で建築・都市デザインを学び、フランスで都市計画・都市政策を学んだ。その後、日仏で建築設計から都市デザインの実務に携わり、社会・文化背景の異なる国々で、スケールの異なる研究活動やプロジェクトに携わった。そこで得た視点が、「分野の横断」と「スケールの連携」である。建築・都市・土木・ランドスケープといった分野を横断し、総合的なデザインアプローチで提案をする事、そして、街並みを構成する空間は異なるスケールを扱う専門家たちによって計画されており、それらスケール間の連携が重要である事。都市空間の提案や計画、特に多様な人々が集う都市の公共空間の計画や設計に際し、この二つの視点はなくてはならないと考える。レクチャーではフランスで携わった建築設計と都市デザインの2つのプロジェクトを通し、この考えを伝えまた一緒に考えていけたらと思い話をした。
仏レンヌ市地下鉄新駅の設計
(Susan Dunne Architectureで担当)
フランス北西部ブルターニュ地方のレンヌ市に地下鉄b線が新たに敷設されるにあたり、15の新駅に関し設計競技が行われた。内ホーム階が地下15mに建設されるCleunay駅とGrosChêne駅の設計者に選定された。Cleunay地区とGros Chêne地区は、建物規模や都市空間のスケールは異なるが、どちらも公営団地の立ち並ぶ市内の住宅地である。団地という性質上、比較的質素で老朽化も垣間見える建物も多いが、一方でその足元周りや中庭といったコモンスペースは緑がとても豊かで、静かで良好な住環境を形成している。新駅建設にあたり、駅というインフラ空間と既存住環境の共存が求められるコンテクストであった。駅の設計競技であり、本来の設計提案範囲は駅構内と地下鉄駅入り口までであるが、地形や街区構成など周囲の都市環境や都市スケールを綿密に読み込み、地下の駅内部空間へと連続的に繋がる空間提案を行った。
駅という建築設計競技であったが、都市デザインの観点を取り込んだ提案として評価され実施設計に至り、現在2駅とも工事が進んでいる。地下構造物の建設は土木技術を中心とした工法で進められる。都市デザインを読み込み、建築家が設計した空間を、土木エンジニアが実現する、分野を横断したプロジェクトである。そして、新地下鉄b線敷設というレンヌ都市圏スケールのインフラプロジェクトの一部でもあり、都市圏計画、地区計画、街区設計、建築設計と幾つものスケールをまたぎ計画されたプロジェクトであり、携わる上でこれら各スケールにおいて考えられている争点を常に把握し共有する必要性を感じた貴重な経験である。
Cleunay駅現場
トンネル掘削機の到着
中間階からホーム階へ
上部トップライト
中間階からホーム階へと繋がるエスカレーターや階段はホーム階から地上へ抜ける15mの吹き抜け空間に配置され、上部にはトップライトを設けた。地下トンネルを通りぬけこの駅で下車した人々は、この開口部から差し込む自然光に導かれ、中間階へと移動、改札階を抜けて地上へ向かうという、インフラ空間〜都市空間へと移動するシークエンスをシンプルながら明確にデザインした。(図面 : Susan Dunne Architecture 写真 : Semtcar, Jean-Louis Aubert, mrw zeppeline bretagne)
Cleunayアーバンセクション
Cleunay駅断面図
Cleunay駅 は南から北へ緩やかに傾斜する地形を受け、駅の長手方向を南北に向け、街区内の住宅の中庭に地下駅空間を挿入し、地下5mのコンコース階と地下15mのホーム階の間、地下7.5mに中間階を提案した。この中間階は動線を捌く階として機能するほか、彫り込んだ庭を提案し配置、地上の住宅中庭の緑豊かな雰囲気を駅空間に引き込み、地上の住宅地と地下のインフラ空間を緩やかに繋ぐ空間として機能している。
仏ミュールーズ市DMC地区マスタープラン制定
(Reichen et Robert & Associésで担当)
フランス東部アルザス地方ミュールーズ市にあるDMCは18世紀から続く糸の製造工場である。近年の活動縮小に伴い15haの敷地のうち10haが未使用となっている。赤レンガ造の煙突やシェード屋根の工場、2世紀以上の間育まれた豊かな水と緑が残るDMCの敷地を中心に、周囲70haの将来像を示す地区マスタープランの提案を行うアーバンデザインプロジェクトである。地域のシンボルであるこのサイトは、同時に従業員以外は立ち入り禁止で一般の人には閉じられた特別な場所でもある。その「特別な場所」という土地の精神性を保ちつつ、対象敷地を公共空間として街に開いていく提案である。提案は最終的に500分の1スケールの地区全体のヴィジョンを示す図と文章、それらを補完する図面、ダイアグラム、写真、アクソメ、パース、プログラム表、面積表、フェージング、環境負荷図などから構成され、「地区マスタープラン」として地域の発展やあり方を共有していく都市デザインの重要なツールとなる。地区のヴィジョンを制定していく過程で、地域スケール・ヨーロッパスケール・市街地スケールと、スケールインとスケールアウトを幾度か繰り返しながら、各スケールでこの地区を見た際にどのような位置づけにあるのか、分析を行い、争点を見出すという作業がある。異なるスケールで考察した事を繋ぎ合わせ、一つの仮説を打ち立て将来ヴィジョンの提案へと繋がっていく。このような分析や提案は、地理/地域経済・都市政策・交通・ランドスケープ・建築・環境工学と複数分野を横断し考察され、都市デザインとしてまとめ上げられる。
この2つのプロジェクトは性質もスケールも異なるが、共通して根底にあるものはより良い空間を作るという目標のもと様々な専門家が多角的にプロジェクトを進めているという事である。冒頭に述べた「分野の横断」と「スケールの連携」の大事さと面白さは建築や都市に関わる全てのプロジェクトに共通して存在するのではないか。(石山)
提案したDMC地区マスタープラン
3カ国にまたがる地域スケールへの影響
再生後のイメージパース:既存建造物も水・緑のストックも全て保存、交通・道路計画、ランドスケープ・既存街区との境界線のデザインを行い、新たなプログラムやヴォリュームを付加し改修・改築を一つずつ行い、DMC跡地を再生させる。この地域はフランス・ドイツ・スイス、国を超えた3カ国間の同盟が盛んで、芸術や文化、建築とアート活動を基盤に地域活性を試みるIBAという運動に本プロジェクトも取り込む提案である。ヨーロッパ各都市と繋がる交通基盤が存在し、DMCの傑出した産業建築と自然遺産のハード面の改修とIBAと連動するプログラムの挿入=ソフト面の提案により、地域の新たな拠点となる。
(図面・写真 : Reichen et Robert & Associés)
DMCの産業建築群
「建築・都市・環境デザイン」を聞いて 岩澤浩一
「建築・都市・環境」。現在のところ、日本において学問的体系や制度的に必ずしも連続していない。それは都市が形成された時間軸的な要因が関係しているのではないか。ヨーロッパの都市が形成された時間軸と戦後の取分け東京の時間軸には大きな隔たりがある。しかし、量的拡大を追求する経済成長が終息に向かう中で、「建築・都市・環境」に求められる質や価値も変化し、短期的な経済原理によらない成熟したヴィジョンが必要だ。
今後は歴史や文化、地球環境を現代の技術を使って総合的にデザインすることが求められる。それには「分野の横断」や「スケールの連携」が不可欠である。仏レンヌ市地下鉄新駅や仏ミュールーズ市DMC地区マスタープランからは、成熟した都市と建築の関係性が垣間見えた。
石山 さつき Satsuki ISHIYAMA
東京理科大学工学部建築学科助教
1980 東京都生まれ
2003 慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科 卒業
2005 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了
2006 フランス国立土木高等大学(ENPC) 都市計画・ 開発専門修士課程(AMUR)修了
2007 フランス・パリにて建築設計・都市デザイン事務所勤務
2013 日本・東京にて建設会社設計部に勤務
2015- 現職