金野 千恵 x 常山 未央

ヴェネチア・ビエンナーレ「縁」の展示から

ヴェネチア・ビエンナーレ「縁」 展示風景


「『縁』の展示から」 金野千恵

私は2011年に東京工業大学の塚本研究室で博士論文を書き終えた後、大学に勤め始めると同時に個人で設計活動を始め、2015年からアリソン理恵と共同で t e c o として再スタートしました。独立後の数年は、住宅や改修のシェアハウスなどの住居に類するものが多く、近年は、地域住人の集いの場や商業施設、高齢者福祉に関わる仕事などへと幅が広がってきました。
なかでも最近は福祉関連の仕事が多く、それらは増加する高齢者を介護職だけではケアし切れないので、地域を巻き込み共に助け合う枠組みをつくりたいという意思の強いものです。例えば「幼・老・食の堂」は、品川における在宅ケアと多世代交流の拠点、保育所を併せ持つものですが、訪問介護の人々が物理的に把握する地域のあり様や、様々な人との出会いを通した地域資源に関する情報量が、とても豊富なことに驚かされました。こうした地域に潜む資源を発見し、それを顕在化する空間を構築し、建築の輪郭を拡張していく枠組みに多く取り組めています。
さらに、こうした建築の仕事の他に、国内での芸術祭やビエンナーレ、トリエンナーレなどへの出展を通して、全国の様々な地域の自然、生活の営み、食文化などに触れる中で、各々の魅力を如何に端的に表現するかという課題に触れてきました。しかし、これまでの経験では出展が多く、会場デザインの経験はありませんでした。
2015年の秋頃、「展覧会の会場デザインを担当してほしい。その展覧会とは、2016年のヴェネチア・ビエンナーレである」との電話を受け、耳を疑い、にわかには信じがたい時間が流れたのを今でも鮮明に覚えています。それからテーマや出展者を理解したつもりで2ヶ月後、ヴェネチアを訪れました。日本館の制作を長く支えてきた担当者に会い、「日本館はスター建築家が求められているのに、来年は無名の若手ばかりではどうなってしまうのか」と言い寄られ、とんでもない仕事を引き受けた、と感じたのを今でも覚えています。
ビエンナーレの舞台は100年以上続き、各国やその時代を代表するアーティストの表現の場であり、とりわけ国別展示は、ジャルディーニに建つ各国ごとのパビリオン建築に篭る熱量からも、荘厳さや誇りが伝わって来ます。ここに、12の若手建築家の実践を通じて、現代の日本の建築のあり方を提示するということは、各作品を理解した上でチームとして何を表現するのか、が重要でした。選出された建築作品を可能な限り訪れ、何を示すべきかを出展建築家と繰り返し議論をしました。これまで高度経済成長期の日本を支えるように大文字の建築をつくってきた建築家と私たち世代では、異なる時代に建築に向き合っています。いかに「建築」の枠組みを拡張し、モノ、人、地域に潜む様々な資源を再構成するのか。それら資源の拡がりを受容する空間のスケールや肌理、時間の尺度といった魅力を消さずに、各々が最大のパフォーマンスとなることを念頭に置きました。最適なメディアや可能な限り大きな模型・スクリーンによる展示を実現し、鑑賞者が実際の空間を体感するかのような構成を目指しました。また、60周年を迎えた吉阪隆正の日本館と12組の建築家が新たなる縁を築くように、映像にも暗室を作らず、元来の自然光を生かした間仕切りのない一室空間の展示としました。ここでは各作品のボリュームと作品相互の距離の調整に注力し、ある高密度な状態に到達するよう検討を重ねました。また、ジャルディーニ唯一といえる広々としたピロティは、縁の空間を1:1で体験できるスペースとして私たち teco が設計を担当しました。イタリアの中古建具に日本の技術による格子をはめ込んで梁から吊り下げ、ベンチと合わせた休憩場として設え、スラブの開口を通して空気的に内部展示と連続するとともに、近隣の各国パビリオンとも繋がる空間を志向しました。フォーマットを揃えて美しく展示した館が多いなか、各々の作品によって表現の枠組みを変容させる現代日本の建築家の職能の拡がりを体現した展示になったと考えています。(金野)

向陽ロッジアハウス (teco)

鈴木文化シェアハウス (teco)

木の上の眠りの家 展示 (teco)

幼・老・食の堂 (teco)

2016年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館

吉阪隆正による日本館 内観

「縁」の展示構成 (teco)

ピロティ「縁」の空間 (teco)

「これからの前線とは」 常山未央

ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展は、各国の建築家が集い、最新の情報を持ち寄る2年に1度の建築の祭典である。第15回を迎えた今回の展示には88組の作家と、65カ国が国の展示に参加し、その総合ディレクターにチリの建築家のアレッハンドロ・アラヴェナが抜擢された。南米初のディレクターである。建物の半分を住民の手で建設することに委ねることで広さや自由度を獲得したソーシャルハウジングの設計で知られ、偶然にも同年にプリツカー賞を受賞した建築家である。彼が掲げた本展のテーマは「Reporting from the front (前線からの報告)」。開催に向けてアラヴェナが出したステートメントの概要をこちらに紹介する。

建造環境と、さらに人びとの生活の質を向上させるためにも、戦われることが必要とされるいくつもの戦場、拡大されるべきいくつもの前線がある。地球上ではますます多くの人びとが、住むためのささやかな場所を探し求めているが、それを達成するための条件は、時とともにいっそう大変なものになっていく。日常茶飯事を超えたところにまで行こうといった試みは何であれ、現実の惰性からくる巨大な抵抗に直面し、実際の問題への取り組みに向けた努力は、世界の一層の複雑化を克服しなくてはならない。
第十五回国際建築展に来て見ていただきたいのは、このようなことである。すなわち、これらの戦場で勝利し、これらの前線を拡大するために、建築がやってきたこと、やろうとしていること、そしてさらに別のことをやろうとしているところにおける、語られるべき成功物語と、共有されるべき事例である。
「前線からの報告」は、大変な状況下で、差し迫る難題に直面し、わずかに残った余地において活動し、そこで生活の質を良くしていくとはどのようなことであるのかを、広い範囲の人たちに伝えていこうとするものである。あるいは、新しい領域を切り開くべく最先端のところにおいて取り組むとはどのようなことかを、伝えていこうとするものである。
私たちは、「前線からの報告」が、ただの受け身の観察記録ではなく、実際に自分たちの議論を繰り広げている人びとの証言になることを望む。より良い建造環境をめざす戦いは、不平不満を述べることでもなければ、反対運動でもない。ゆえに、この報告は、ただの非難や不満や演説や威勢のよい内輪話ではない。
私たちは、たとえわずかな勝利であってもそこへと進んでいこうとするとき創造力が発揮されている事例と実践を提示する。なぜなら、問題が巨大であるとき、一ミリメートルの改善であっても、実際的な価値があるからだ。要求されるのは、成功とは何であるかに関する私たちの考え方を改めることだが、なぜなら、前線における達成は、絶対的ではなくて相対的であるからだ。かくして、第十五回国際建築展は、知性と直観をバランスさせることで現状を脱却することのできる建築に着目し、そこから学んでいこうとする。私たちは、困難にもかかわらず(あるいはおそらくは困難だからこそ)、諦めたり、恨んだりするのではなく、何かを提示し、何かをやろうとする実例を提示したいと思う。建造環境の質にかんする長らく続く議論においては、行動が必要とされるというだけでなく、行動のための余地もまた必要である。このことを示したいと思う。 (アレッハンドロ・アラヴェナによるステートメント2015.7.15 / ヴェネチア・ビエンナーレ財団ウェブサイトより)

「マリア・ライヒェのはしご」
ここでもうひとつ触れておきたいのが、本展の公式ポスターである。砂漠で梯子の上から何かを眺める体格のよいおばさんの後ろ姿。写真は地上から撮られた、一見変哲のない砂漠である。このおばさんはマリア・ライヒェというナスカの地上絵の研究者であり、アルミのはしごを担ぎ、自分の足で歩いて調査をしていた。はしごの上に立ってみると、地上にいた時にはランダムにしか見えなかった石ころが、わしやさる、ジャガー、木になる。アルミのはしごはささやかな道具だが、それを使うことは、高度な技術や財源に頼らず、等身大の知恵である。女性でも歩いて運べ、地上を傷つけないという面からはいいあんばいの選択でもある。アラヴェナが本展に込めた思いは、ライヒェのはしごの上からのように、建築の取り組みのなかに新たな視点を与えることにある。それにはまずはしごを使おうという創造力と、はしごを使ってでもやりたいという熱意が必要だ。はしごの上に立つことで開かれた最前線の視点や経験、知恵を地上にいるひととわかち合うことができれば、建造の現場に新しいビジョンを描けるのではないか。そんな思いが込められているそうだ。

「Making of」
ヴェネチア・ビエンナーレの展示は国の展示と個人展の大きく二つに分けられる。国の展示は主にジャルディーニに建つ各国のパビリオンで、個人展はアーセナーレ、またはジャルディーのビエンナーレ館で展示される。今回のアラヴェナのディレクションで選ばれた個人展の出展作家は、アラヴェナと協議重ね、展示内容を練り上げていったようである。アーセナーレで来場者を一番初めに出迎えてくれるのは、アラヴェナによる本展のイントロダクションであった。前年の美術展の廃材である1万平米もの石膏ボードと14kmにわたるスタッドを再利用したインスタレーションは、一回の展覧会でどれだけのゴミが出るかという現実を来場者に突きつけている。
会場で各国の展示や作家のインスタレーションを見ていくと、建築の社会的な側面がいかに建造にかかわっているかが分かってくる。限られた状況のなかで模索しながら、よりよい環境をつくる建築の力を受賞作品とともに紹介したい。

「受賞作品たち」
ビエンナーレ館エントランスに現れたパラグアイの建築家ソラーノ・ベニテッテによる巨大なアーチである。現地で簡単に手に入る土で作ったレンガと、特殊な技術をもたない人たちの手によって、レンガを積んで作られている。いわゆる土着的な取り組みでありながら、既製のレンガの積み方に捉われず、構法、構造、デザインをバランスしながら少しずつ洗練させていった、建築に宿る時間を感じさせる作品である。
個人展特別表彰を受けたのがイタリア、シチリアの建築家、マリア・ジュゼッピーナ・グラッソ・カンニッツォのインスタレーションである。 写真や図面が天井から吊るされ、彼女が40年間にわたり取り組んできたプロジェクトを紹介している。若々しい好奇心と研ぎすまされた先見の目の両方を持って、生き生きとした生活空間を作ってきた彼女のこれまでの仕事がうかがえる。外側からは白い箱のように見えるインスタレーションと内側の情報量もその二面性を現しているようだ。彼女の小さな実践の蓄積には、大きな枠組みにがんじがらめの私たちの建造環境をときほぐす糸口がたくさん隠れている。
若手の出展作家に与えられる銀獅子賞はラゴスの水上に浮いた学校で有名なンレ(NLÉ)が受賞した。マココと呼ばれるスラム街の子どもたちの教育の場としてはもちろん、浮かぶ建築によりスラム唯一の公共空間を可能にした印象的な作品である。3000個のプラスチック製のドラム管の上にある3層約100m2の木造校舎をアーセナーレ内の運河に実物大で展示している。展示後には2016年に、豪雨によって崩壊してしまったマココの学校のあった現地に運ばれ、新たなマココの水上学校として活躍するそうだ。
各国の展示で金獅子賞を受賞したスペイン館「Unfinished」では、完成されず、未来の介入や新たなアイデアに開かれたままになっている作品、70作品を展示している。 2008年のリーマンショックなどを契機に不動産バブルが崩壊し、建設途中で放置された建築に、未完の階段に踏み板を取り付けたり、必要最低限の間仕切りを建てたりと、大きな制度や枠組みでは対応が難しい状況に、建築家が個別に対応し、使用できるようにした、小さな介入の例が何百と展示されている。下地の骨組みに直接写真が飾られており、展示自体も未完の、これから何か手が加えられる高揚が伝わってくる。
日本館に続き特別表彰されたペルー館の展示「OUR AMAZON FRONTLINE」は薄暗い展示の中で子どもたちのうたが流れる。西欧の文化と、アマゾン固有の文化の間に揺れるアマゾンの熱帯地帯特有の状況において、学校のプロジェクトを通してその両方がバランスをとりながら共存する大切さを伝えている。
特別表彰された日本館の展示は、「en 縁 art of nexus」というタイトルにおいて、高度経済成長後の現代日本での12組の若手建築家の作品を人、物、地域の縁というテーマで紹介している。「縁」にはご縁があってというふうに使われるような、思いがけない出会い、血縁などのつながり、へりやふちなどといった空間的な意味をもつ。建造現場に関わるさまざまな人やもののつながりや、縁側や窓といった境界の調整を通して、建築家がどのように場所を読み取り、咀嚼し、更新していったかを、12作品を通して感じられるようになっている。受賞理由は「bringing the poetry of compactness to alternative forms of collective living in a dense urban setting.(高密な都市環境における新たな共同生活のあり方にシンプルな美しさをもたらした)」

「縁の展示から」
審査当日、審査員が日本館に訪れた瞬間、キュレーターの山名氏に「ああ、やっと建築があった」とつぶやいたそうだ。ドイツ館は移民問題、フランス館は格差問題、ポーランド館は労働者の問題など、日々ニュースで目にするような問題を真正面から扱っている中で、日本館は問題を大声で語る事はしていない。しかしそのひとつひとつの実践から読み取れる社会背景がある。
実はアラヴェナのステートメントは日本館のキュレーター選出が終わり、展示内容が決まった後に発表された。取り上げた問題の近さに、キュレーターの山名氏も、私たち出展作家も驚いたものである。
先進国の一つである日本が抱える問題は、少子高齢化、経済の低成長、若年貧困などであり、テロや紛争、飢餓、スラム、疫病など途上国に見られる問題と比べると、深刻でないように感じられる。実際に出展作家の中には、山名氏の声明文の中にある「貧困」という言葉に、そこまで深刻ではないのではと抵抗を示すものもいた。
2016年5月のオープニング後、6月には英国のEU離脱、12月米国の大統領選挙で移民への差別発言を繰り返す候補者が当選するなど、世の中を揺るがす出来事が、世界の経済・文化を牽引する国で次々と起こった。グローバル化が進んだ世界の先進国特有の問題を人々は認識し始めたように思う。縁の展示では、高度経済成長後の日本で、問題を抱えているが、気づかれない人やもの、地域に光を当て、よりよい場所をつくるために当事者となり奮闘している建築家の姿が感じとれるのではないかと思う。現状に嘆くのではなく、詩的な感覚や喜び、美しい物への憧れを持って場の可能性を未来へ開いていく、小さいけれど確実な活動である。
アラヴェナはビエンナーレの公式カタログのある章でこんなたとえを出している。«チリの経済学者マンフレッド・マックス–ニーフはサイを倒せる唯一の生き物は蚊であるといった。サイはキャピタリズム=大きくて、気短で、自分の意にそぐわないもの (敵)はすべて叩き潰し、小さな生き物(ローカルビジネス)は踏みつぶす、のメタファーである。それを相手に唯一生き残るすべは、見えないくらい小さくなることである。しかし力を合わせると、大きな生き物にもひけをとらない力となる。»私たちがこれからやろうとしていること、できることもそんなことではないかと思う。小さいものごとに柔軟に、的確に、緻密に、創造力を持って向き合い、新たな場所を作っていくこと(しかしそれは何億年もかけて蚊がすばやい反射神経と、硬い皮膚でもさせる針と、驚くべき繁殖力を進化させてきたことを考えると並大抵のことではないので、私たちは日々学び、経験を積み、建築に向かうあらゆる知識と技量を洗練させる努力をしていかなければいけない)を、一人一人の建築家が積み上げて行けば、それは、より大きな問題へと立ち向かう力となるのではないだろうか。(常山)

キンタ・モンロイの集合住宅/エレメンタル (QUINTA MONROY HOUSING /Elemental) ソーシャルハウジング。補助金7500ドルでいかに100住戸を建てるかが課題に対して増築可能な住戸を組み合わせることで解決した。資産価値の向上にもつながった。 ©Cristobal Palma, Estudio Palma

同上 ©ELEMENTAL

第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の公式ポスター ©La Biennale di Venezia

ビエンナーレの会場マップ。魚の形をしたヴェネチア本島の尾のあたりに位置する、もと造船所だったアーセナーレ(A)と公園のようなジャルディーニ(B)。どちらもサンマルコ広場など主要な観光地からは離れている。©La Biennale di Venezia

キャビネット建築「Gabinete de Arquitectura」
Golden Lion for Best Participants to Gabinete de Arquitectura (Solano Benítez; Gloria Cabral; Solanito Benítez) for harnessing simple materials, structural ingenuity and unskilled labour to bring architecture to underserved communities. ©Luke Hayes

マココの水上学校/ンレ 2013年 ナイジェリア、ラゴス
Makoko Floating School /NLÉ 2013 Lagos, Nigelia

スペイン館の展示「UNFINISHED」
Golden Lion for Best National Participation to Spain for a concisely curated selection of emerging architects whose work shows how creativity and commitment can transcend material constraints. ©Laurian Ghinitoiu

ペルー館の展示「OUR AMAZON FRONTLINE」Second special mention as National Participation to Peru for bringing architecture to a remote corner of the world, making it both a venue for learning as well as a means for preserving the culture of the Amazon. ©Laurian Ghinitoiu

「Making of」アレッハンドロ・アラヴェナによるインスタレーション, アーセナーレ ”Making of” 10000m2 of plaster board + 14km of metal studs ©Luke Hayes

日本館の展示風景 ©Kazuhiro Ishiyama

金野 千恵 Chie KONNO
teco 主宰/日本工業大学助教

1981 神奈川県生まれ
2005 東京工業大学工学部建築学科卒業. 同大学院在学中、スイス連邦工科大学奨学生
2011 東京工業大学院博士課程修了、博士(工学) 取得
2011 神戸芸術工科大学大学院助手、KONNO設立
2013 日本工業大学助教
2015 一級建築士事務所 t e c o 設立