これまでに継続してアジアの都市農村問題に関わる研究に取り組んできた。現在、中国都市のスラム現象「城中村」化とその改善手法(北京市内にある城中村や北京の雑院化した四合院)、中国集落の観光地化とその保存のあり方(貴州省ミャオ族集落)、東南アジアのヴァナキュラー建築にみるサスティナビリティに関する研究等を進めている。
一方で、滋賀県を舞台にして、高い発信力を持つ若い担い手と空き家利用による新たな拠点づくりの設計施工を実践している。
グロバリゼーション化におけるアジア的問題と地方の課題を同じ位相で扱うことで、長期的で俯瞰的な視野と実践的なデザインビルドスキルを身につけることのできる建築教育を目指している。すなわち町医者的な総合力を備えたタウンアーキテクトあるいはアーキテクトビルダー、そこから国際的な問題に立ち向かえるアーキテクトの人材育成である。ここでは、その実践として取り組んだ2つのプロジェクトを紹介する。
FUJIKI RENOVATION
滋賀県甲賀市信楽町の中心部で長年空き家になっていた陶器問屋「藤喜陶苑」を改修し、ギャラリー及び地域の拠点として再生したプロジェクトである。滋賀県立大学OB石野啓太氏を中心とする信楽の若手任意団体「ROOF」が川井研究室に協力を依頼。設計解体施工期間は2015年7月から10月の3ヶ月間である。
信楽は日本6古窯のひとつである信楽焼の生産地として有名な町である。近代以降は「狸の置物」として有名な街であり、今でも傾斜地を生かした登り窯やレンガの煙突などの産業遺構が残る独特な街並みを作り出している。一方で、信楽には「滋賀県立陶芸の森」美術館や「社会福祉法人しがらき会青年寮」という障害者福祉施設がある。陶芸の森では、海外からアーティストを受け入れるアーティスト・インレジデンス事業をおこない、しがらき青年寮では知的障がい者がアルー・ブリュット作品を制作するなど多様なコンテンツがある。「FUJIKI RENOVATION」では、そうした魅力あるコンテンツから生み出された陶芸作品を展示したり、まちの人たちの憩いの場所になったり、大学のサテライトキャンパスになる場所として計画した。
改修費用は陶芸の森サポートによるわずか200万円程度であった。そこで興味のある学生に日替わりで声を掛けてサポートを募り、工費を大幅に削減することを試みた。最終的に参加者は26名にも及んだ。学生の作業内容は解体工事、Pタイル床の削り、外壁吹き付けの削り作業、内部壁のペンキ塗装、と極めて簡易なものとした。
全体デザインは石野氏と私でコントールしたが、エントランス扉は川井研究室修士生の古藤正己くんが担当し、デザイン、大工とのやりとり、予算調整をおこなった。内部と外部を一体的につなげる大型な扉であるが、道ゆく人が覗けるように子供目線と大人目線の高さでアクリル板の開口部が設けてある。竣工前日に依頼した大工さんが現場に設置した時、彼は大変な喜びようであったことがとても印象深い。部分的であるにせよ、状況が整理されたある段階で学生にデザインの責任を持たせることが重要であると実感した。
竣工後すぐに、石野氏の主催する信楽アートイベント「土と手プロジェクト」が2015年10月17日〜25日に開催された。そのメイン会場として国内外の陶芸作家やアーティスト14人による作品を展示し、向かい合う広場では土鍋で炊いた信楽産米をふるまう「おくど飯」が実施された。
このプロジェクトでは企画、予算、デザインマネージメント、改修までの多くの部分を信楽の若き担い手である石野氏が行った。地域特有のある種しがらみの多い環境下で彼がうまく事前セッティングしたからこそ産学連携として成功したといえる。
北京の雑院化した四合院
貴州省ミャオ族集落
「土と手プロジェクト」展示会場の様子
廃棄されたタンスを生かした本棚
天井解体途中の様子
外での作業風景
VOID A PART
滋賀県の琵琶湖近くにあるコンビニ跡地をアトリエ、キッチン、ラボへと改修したプロジェクトである。オーナーの周防苑子氏とあるイベントで私が知り合い、そこからトントン拍子で話が進み研究室の学生たちと設計施工することになった。周防氏は「ハコミドリ」と呼ばれる廃ガラスと植物を組み合わせた商品を制作する。設計、解体、施工期間は2016年1月から4月末までの4ヶ月間である。
全体のゾーニングと周防の集めた廃材を混ぜ合わせて構成する“Mash up”のコンセプトはデザイン事務所TAKT PROJECTが提案した。そのコンセプトを基にして学生の主要メンバー4名によるベンチBOX、本棚、客席、アトリエ棚の担当者を決めて、制作物デザインについてモックアップを幾度となく作成しブラッシュアップした。
ここでも学生中心にして解体作業に多くの時間を費やし、工事費の削減を図った。中でも苦心したのが天井解体であった。コンビニ跡地とあって天井裏の配線が凄まじく、解体する人、電気配線を巻き取る人に分かれてながら進めていった。主要メンバーの声がけもあって研究室を超えて参加学生は最終的には合計31名に及んだ。
冬明けのまだまだ寒い時期も重なって苦労の多い現場であったが、周防氏が率先して作業に参加し、暖かいお茶やお菓子を持参し、学生とのコミュニケーションを図ってくれた。彼女のこうした気遣いや熱意が学生に伝わり次第に一体感が生まれていった。そして最終的には「自分ごと」のように学生の取り組む姿勢に変わっていった。そして「自分たちがデザインしたものでこの場所を生み出す」大きなエネルギーへと変化していった。こうした依頼主と思いを共通にして場所を作っていくことが本来のものづくりのあり方であるし、もう一度建築教育の原点として考えるべきではないかと感じた。
研究室プロジェクトのあり方
以上のプロジェクト2題を通じて以下のような研究室のプロジェクト体制が適当であると考える。
1. 地域リーダー・事業主によるセッティング
2. クライアント参加型の設計施工
3. 短期間(3ヶ月程度)・小規模・低予算
4. 意図を明確化した上でのデザイン施工責任者
5. 地域活動助成金(設計委託費・現場管理・学生交通費・竣工写真等)
6. 現場に近接する制作実験場(ビルダーズヤード)
7. 建築家と教育機関の協同
今回の石野氏や周防氏に当てはまる1の内容は最も大切である。近年滋賀県ではUターン組の若い事業主が増えつつある。彼らは新しい感性と地域から発信したいという熱意に満ち溢れている。こうした人たちと学生たちのエネルギーをうまく連携させるのが私の大きな役目である。そして応用編としてアジアを舞台に実践していきたい。(川井)
FUJIKI RENOVATION 作業工程とその様子
VOID A PART 周防氏の制作する「ハコミドリ」
VOID A PART 改修後の店内の様子
「アジア研究から地域実践へ」を聞いて 濱定史
中国の城中村の都市組織、建築とコミュニティを研究してきた川井さんだからこそ、地域の潜在的な資源を掘り起こして、生業が建築と融合して新たな価値をつくることができたように思います。紹介いただいたプロジェクトは、建築だけでなく地域を活き活きと変化させ、それによって生まれる人間関係こそが地域を変えていく原動力となることを示してくれています。高齢化や人口減少など暗い報道もありますが、それぞれの地域には独自の視点を持った若い個性があり、潜在的な地域資源と連動した新しい地域像となっているように思います。多くのフィールドワークで学生を率いてきた川井さんが、自ら学生を引っ張って設計施工していくその姿は、われわれに大きな刺激となりましたし、建築を設計するだけではなく、地域に居住して関わり続けていく新たな建築家像を提示してくれたように思います。
川井 操 Misao KAWAI
滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科助教
1980 島根県生まれ
2010 滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程修了・博士(環境科学)
2011 北京新領域創成城市建築設計諮詢有限責任公司(UAA)内モンゴルオルドスの都市設計・研究担当
2013 東京理科大学工学部建築学科助教
2015- 現職