今回のレクチャーでは卒業制作、修了制作、そして事務所での担当作品を通して自分がどう建築と関わり、何を考え、どんな建築がつくりたいのかを話しました。その理由は学生の皆さんにとっては、ぼくの通った道は皆さんも数年後には辿る道(あくまで時間的な意味で)でしょうから想像がしやすいだろうと考えたのと、もう一つは自分自身がこれまでつくり、考えてきてことを振り返り、整理し、自分自身の建築を一歩先に進めたいと考えたからです。
住宅について考える(卒業制作)
卒業制作では小さな住宅を設計し、その図面をレリーフ化し、山に放置しました。そしてそのレリーフに光が射す様子を撮影しました。この作品で何が言いたかったかというと住宅というものを住むものでも、設計するものでもなく、宙吊りの状態にすることで住宅の存在理由とはいったい何なのかということを考えたかったのだと思います。今思えばすごく個人的な作品で人にみせるような作品ではなかったなとも思いますが、悶々と住宅と向き合えたことは良かったと思っています。
「EONTA」全481小節の模型化
建築×○○(修了制作)
4年間建築を勉強して建築を学ぶ場所を建築だけに見いだすには限界があると感じました。そこで大学院では建築と音楽の類似性について、イアニス・クセナキスを中心に研究していました。クセナキスは建築の世界ではル・コルビジェのもとでラ・トゥーレット修道院を担当した人物として良く知られています。彼はコルビジェのもとで働く傍ら作曲活動を続け、音楽家としても世界的に知られる存在となりました。ラ・トゥーレット修道院の設計をしていた当時、クセナキスは繰り返し鼻歌を歌いながらスタディをしていたというエピソードがあります。その鼻歌がラ・トゥーレットの創作エッセンスであるならば、その当時のクセナキスの音楽と建築には何か類似性が見いだせるのではないかと考え、修了制作では「建築を音楽、音楽を建築」に変換する共通の公式を作り、ラ・トゥーレット修道院を音楽に、Eontaという曲を建築に変換しました。公式はクセナキスがコルビジェと一緒に考えたモデュロールをベースに作りました。
ここで示した建築と音楽の類似性を一言でいうならば、「ノーテーション」ということになると思います。ただし、これは音楽と建築をつなぐ一つの側面でしかなく、修士論文では「言語」「視覚」「身体」「現象」を切り口として建築と音楽の類似性について論じました。
内の家 外部仕上げは外断熱の上にモルタル左官金ゴテ銀ペンキ塗装 (photo:上田 宏)
言葉と出会う
都内の5人家族のために設計した「内の家」(O.F.D.A.で担当)の要望は、構造をRC造とし外断熱にすることと、5人それぞれの個室が欲しいということでした。限られた容積の中で最大に容積を取るべくたくさんのロフトをつくり、しかしそれぞれの個室が孤立しないように「内の家」の由来でもある外観と相似形のヴォイド空間で個室の視線や、音、匂いなどがつながるように設計しました。外装は外断熱の上に銀ペンキを塗っています。この住宅は某雑誌の企画で建築家の魚谷繁礼さんに実際に見て頂き、コメントを頂く機会がありました。以下そのコメントの抜粋です。
−「内の家」は多相において重厚−浮遊、整然−迷宮、厳格−破綻、といった対立しがちな概念を内包する、多義的ゆえ豊穣な建築であった。−
この言葉は当時、というよりずっと自分が作りたい空間のイメージとして頭のなかにはあったけれど、言葉にできずにいたものを的確に表現されていて大きな衝撃を受けました。
(仮称)勝浦の家(O.F.D.A.で担当)中央のギャラリー 出隅入隅はr=30でエッジをぼかしている(photo:佐河 雄介)
そして今考えていること
魚谷さんの言葉をきっかけに自分のつくりたい空間を言葉にしたいという欲求がわいてくるようになり、目的をもって読書をしていると、自分に近い考え方をしている哲学者や、芸術論があるということがだんだんわかってきました。そして今ぼくが頼りにしている言葉を少し挙げてみたいと思います。
内の家:吹抜より広間を見下ろす(photo:上田 宏)
進行中の旧富士製氷工場改修プロジェクト
「必ずしも居心地が良い場所ではない 宙吊の感情 虚の透明性
プンクトゥムをつくる 形容できない空間 中庸よりちょっと過激」
これらの言葉は空間のイメージを探る為のキーワードであり、この言葉では空間は作れません。そこで少し無理やりですが、これらの空間のイメージを作る為の言葉をいくつか挙げてみます。
「空間のマチエール 素材のマチエール 連続感の想起
Detailコントロール マニエラ ハプニング・他者性」
さらにこの言葉たちにぶら下がるような言葉を続けます。
「余韻 音 匂い 漂白する 解像度をかえる と、裏切り でも、振り切らない」
といった感じです。
そしてこれらの言葉を頼りに現在様々なプロジェクトに取り組んでいますが、これらの言葉がイメージする空間を作ってくれるかというとそう簡単には行きません。やはり出来上がった空間をみるとそこには少しずれが生じます。しかし、そうやって繰り返し言葉で空間を鍛え、空間で言葉を鍛えていけば少しずつ自分なりの建築が育っていくのではないかと信じて日々精進しています。(佐河)
「学生の頃考えていたこと 最近考えていること」を聞いて 岩澤浩一
学生の頃に設計したプロジェクトから話を始めた佐河さん。
「建築×音楽」をテーマにした修士製作では、クセナキス(音楽家・建築家・数学者)に注目する。クセナキスがコルビュジェの下で設計を担当した「ラ・トゥーレット修道院」を音楽に変換する公式を設計し、さらにクセナキスが作曲した「EONTA」を建築空間に変換する試みを行なっていく。佐河さんの変換公式からつくられた音楽も流された。そこには、自律的な形式性が建築に生み出す可能性を探求する姿がありました。実務で紹介されたプロジェクトからも機能的な要件を包含しながら、単一の意味に落ちない宙づりの状態を膨大なスタディから注意深く思考し設計していくプロセスは大変刺激的であったし、言葉と空間の思考など久しく私自身の思考から抜け落ちていたことを思い出させてくださった貴重な時間でした。佐河さんの勧めで「動きすぎてはいけない」(千葉 雅也著)と向き合う今日この頃。
佐河 雄介 Yusuke SAGAWA
坂牛研補手
1985 福島県生まれ
2010 多摩美術大学大学院美術研究科修了
2010 坂牛卓一級建築士事務所入社
主な担当物件:神田明神脇のオフィス、内の家 小諸商工会議所等
2014 東京理科大学工学部第二部建築学科
坂牛研究室補手
(写真一番右)