伊藤 孝仁

「取るに足らない話」のための建築

カサコプロジェクト:丘の町で見聞きした小話を、地理条件や時間軸をもとにレイアウトした「時間地図」


かわいい後輩達の前で自分の話をするのは、なんとも不思議な感覚です。後ろの方の席に、過去の自分が(つまらなそうに)座っている気がしてしまうせいか、どうしても自身に語りかけるモードに陥り、レクチャーというより現在進行形の悩みの告白になってしまったことをお許し下さい。

「取るに足らない話のための建築」というのは、建築の根拠はどこにあるのだろうかという問いかけです。通常の設計では無視されるような小さな出来事を、大きなテーブルの上にたくさん並べて、丁寧に関係を観察した先に、その結節点として建築を構想することの可能性についての投げかけです。そんな事を考えるようになったきっかけは、事務所を構えている古民家での暮らしにあり、鳥居や井戸のある美しい庭から多くのことを学んでいます。特に印象深いのは、初午祭に参加した時の事。家主の親戚3世代30人程が庭に会し、宮司が祝詞を上げ、庭になっていた榊をお供えする。鳥居の横の梅の木はちょうど満開で、待ってましたとばかりにメジロが訪れる。「ウグイスだ!」とはしゃぐ子供の顔に、風に揺れる梅の柔らかい影が落ち、穏やかな笑い声に包まれたあの空間。気持ちのよい庭だなくらいに思っていた場所が、四季や行事や慣習、動植物の習性、人の一生など、ささやかに思えるものたちの、確かなリズムや振る舞いが重なりあって成立していることに気づき、より生き生きと感じられました。と同時に、果たして現在の都市空間の中で、このような時間や事物の相互連関を感じる経験はどれほどあるだろうか、という疑問も浮かびます。

あらゆるものを線引し管理しようとする近代化の過程で、文化や慣習の中に織り込まれていたその連関は分断されてきたのでしょう。「取るに足らない」とは、その線引からはみ出した状態のことを指しているのかもしれません。だからこそ丁寧に観察したいと感じています。

上:軒下空間に地域住民で石畳を敷いたワークショップ
中:すべて自主施工で行った解体の現場
下:ホールより軒下空間、通りをみる

吉祥寺のさんかく屋台:JR中央線沿線の三角形敷地にピタリとはまる移動式屋台 (photo: Takahiro Idenoshita)

tomito architectureで現在関わっている「カサコ」は、丘に広がる町の頂上付近に位置する二軒長屋を、地域や世界(旅行客)に開いた場所にしていく改修プロジェクトなのですが、企画の段階から長期的に関わっているためか、小話をたくさん見聞きします。大きな空き地にかつてはプールがあったこと、とある道にたくさんの昼寝タクシーが集まっている理由、◯◯さんが紙ヒコーキづくりの名人らしい、といった他愛もない話や出来事を、できるだけたくさん「絵コンテ」として書き出し、丘の地理条件と時間軸をもとにレイアウトしたものを「時間地図」と呼びました。
そこから浮かび上がるまちの生態系とでも言うべき緩いネットワークに巻き込まれるように、新しい出来事をたくさん提案しています。建築設計は、その一部だと考えています。

質疑の時間の中で、現在の取り組みと、中央線沿線の三角形敷地の建築形態を扱った卒業設計などの間に共通性を見出して頂けたことは、意外な発見でした。取るに足らないものへの愛情は、案外根が深いのかもしれません。実作の紹介が殆ど無い話にも関わらず、みなさんに興味をもっていただけたことは嬉しい限りです。近々一応の完成に漕ぎ着けるカサコに是非遊びに来てください。この取組のどこに可能性があるのか、はたまた無いのか、みなさんと議論できれば幸いです。(伊藤)

上:カサコ基本設計時の完成イメージ
下:事務所である古民家の庭

「取るに足らない話のための建築」を聞いて 常山未央

プレゼンテーションの中で見せてくれた議事録と(設計図とも)呼ばれる絵巻物のようなものには、町の出来事や風景、自治、構築物などの断片が時間とともに記述されている。坂のピンコロ石の撤去や、今はなくなってしまった町内の子ども会の行事など、抽象化や記号化をせず、そのまんま、直接的に。そこにはもの、地形、人、建築、を自身の設計に直接関係するかどうかに関わらず、等価に扱う意思が感じられた。
伊藤さんが共同で主催するtomitoの事務所は横浜駅からほどなく歩いた、平屋の古い民家に入っている。離れであるために、前にも奥にも庭へ開き、外の環境の変化が直に伝わってくる。冬のはじまりに訪れたときは、奥の池には落ち葉がいっぱい溜まっていて、前にはまんまるのデコポン(?)がわんさかなっていていた。低い光が優しくさし込こみ、床を優しく照らしてなんとも心地よかった。一日の些細な変化、季節の微妙な移り変わりを嫌でも体感せざるをえない場所である。建築と日常の小さな出来事の間に境を設けず、相互に呼応させながら、建築が置かれる環境全体を更新していく設計者としての姿勢は、普段身を置く場所と少なからず影響している気がした。
伊藤さんはとても等身大で建築に向き合っている人である。理科大、YGSA、乾事務所で、著名な建築家たちに習い、共同したことを引き継ぎ実践しながら、自身の身近な出来事からも、建築への取り組み方を問い直している。「取るに足らない」の集積である議事録(設計図?)が、今後、伊藤さんの関わる建築を内包しながら、どのように更新されていき、それがまた、どのように空間の成長に還元されていくのだろうか。

伊藤 孝仁 Takahito ITO
製図準備室補手

1987 東京都生まれ
2010 東京理科大学工学部建築学科 卒業
2012 横浜国立大学大学院 Y-GSA 修了
2012 有限会社乾久美子建築設計事務所 担当: 七ヶ浜中学校
2014 tomito architecture 設立
2015 東京理科大学工学部第一部建築学科補手

(写真真ん中)